まんだら堂行ってきました

先日、まんだら堂やぐら群を見に行きました。
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モクレンが見事。桜も蕾がふくらんでいましたが、咲く時期は非公開なんですね…
それにしても土曜日だったのに相変わらず人がいないので、時間を気にしないなら遺跡解説員の方にいろいろ質問できます。
そのあと、五所神社の板碑など見学しながら海岸へ。この日は青磁3個収獲。大きさは2~3センチ程度です。
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話は違いますが、水曜日に渋谷の観世能楽堂さよなら公演、行ってきました。学生時代によく行った能楽堂ですが、老朽化で3月いっぱいで閉鎖して銀座に移転するとのこと。最近ご無沙汰でしたが、最後なのでお別れに。演目は「道成寺」、面白かった。後シテの面が古そうで変わったものだと思っていたらロビーに使用能面の紹介が貼ってありました。なんと、「泥蛇 赤鶴 鎌倉時代」。赤鶴!展覧会などで見たことはありますが舞台で使っているのを見たのは初めてです。ちなみに前シテは「若女 元章 江戸時代」、でした。さすがにさよなら公演だけあって良いものを使っていたのですね。
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# by kyougen-kigyo | 2015-03-27 07:06 | 鎌倉歩き

阿津賀志山の論功行賞

文治5年8月11日、阿津賀志山を越えた頼朝軍は船迫宿に逗留。畠山重忠が国衡の首を献じたので大いに褒めた所、最初に矢を射た和田義盛が自分の功績であると言上して、重忠と功績の争論になりますが、国衡の鎧を取り寄せて確認すると射向の袖3枚を射通した痕跡がはっきりと残っていました。頼朝が重忠に矢を射たかどうか尋ねると重忠ではないとの答え。こんな矢の跡を残せるのは重忠でなければ義盛しかいないということで、義盛の功績に間違いなしという結論になりますが、重忠は義盛が矢を射たことを知らず郎従が首を持ってきたから重忠の功績と思ったので…という重忠擁護論が展開されています。吾妻鏡、ここまでもそうでしたが、ずいぶん重忠さんを持ち上げている。
翌12日、抜け駆けの中にいた13歳の河村千鶴丸の活躍を頼朝も聞いていたので、父の名を尋ねると河村秀高の四男である由。そこで俄かにその場で元服することになり、千鶴丸改め河村四郎秀清と名乗ることになります。河村という苗字、見覚えがあると思ったら石橋山の合戦の時に大庭景親側に与して捕らえられた河村義秀の弟にあたるとのこと。母の計らいで身を隠していたのが、ここで頼朝に認められて河村家再興成ったということですね。ちなみに兄の義秀も後に許されています。
この日、太平洋岸を進軍していた千葉常胤・八田知家の軍も合流しています。

ところで阿津賀志山防塁跡を含む地域が、文化庁の「歴史的風致維持向上計画」に認定されたようです。
文化庁の報道発表ページへ
http://www.bunka.go.jp/ima/press_release/pdf/2015022301.pdf
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# by kyougen-kigyo | 2015-03-01 13:25 | 考察編

阿津賀志山越え

11月から吾妻鏡の記事あげてませんでした…いよいよ阿津賀志山を越えるところ。
文治5年8月9日の夜、明朝に阿津賀志山を越えて合戦を遂げることが決定。ところが三浦義村、葛西清重、工藤行光、工藤祐光、狩野親光、藤沢清近、河村千鶴丸の7人が抜け駆けしようと先陣である畠山重忠の陣をこっそり通過。ちなみに千鶴丸は13歳と注記あり。これに気付いた重忠の郎従の成清が「面目ある先陣なんだから抜け駆けは止めるべきだ」と重忠を諫めますが、重忠曰く「すでに先陣を承っている以上、重忠より先に合戦する者はみな重忠の勲功とすべきであり、かつ先に行きたがっている連中を妨げるのは武略の本意ではなく、また自分が恩賞を欲しがっているように見えるから」と抜け駆けの7人を止めることはしません。

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# by kyougen-kigyo | 2015-02-08 10:10 | 考察編

刀のゲームが流行っているそうで…

風邪ひいてました。インフルエンザではなかったものの長引く咳風邪で靖国神社の現代刀鑑賞会、行けなかった…残念。

私の刀好きを知っている職場の同僚が教えてくれましたが刀剣擬人化ゲームなるものが流行っているそうで。私はアナログ人間なのでオンラインゲームというのは怖くて手が出せませんが。日本刀に興味を持つ人が増えるのは良いのですが、上っ面だけで終わる人が多いんだろうな…という感じもします。どうせなら本物の日本刀にも興味を持ってもらいたいものです。刀そのものについてだけではなくて刀職さんたちや文化財の置かれた状況、役所の管理不足や盗難で行方不明になっている国宝級の日本刀も多いということとかもね。(文化庁発表「国指定文化財(美術工芸品)の所在確認調査の結果の概要について」
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# by kyougen-kigyo | 2015-02-01 21:45 | 日本刀

あけましておめでとうございます。

遅まきながら、明けましておめでとうございます。新年早々に合戦話でもなかろうと思うので昨日行った歌舞伎の話でも。
能は時々見に行くのですが歌舞伎は「誘われれば行く」レベル。わからないから今度連れてってください~と頼んでいた知人からお誘いを受けて歌舞伎座の夜の部に行ってきました。新しくなってから初めて入る歌舞伎座、昔の記憶と雰囲気は大差なく。
演目は、吉右衛門さんの「番町皿屋敷」、玉三郎さんの「女暫」、猿之助さんの「黒塚」。1階の前から2列目という気合の入った席だったので、近い…お芝居の内容は多分、もっと詳しい方々がいくらでも書いていると思うので5、6年に1回見るかどうかという私があれこれ言うことではない。でも綺麗で楽しい舞台でした。
皿屋敷の「皿」、箱からどんな皿が出てくるのかと注目していました。見た感じ鍋島型の段付きの青磁皿。でもお芝居の中では高麗焼きと言っている。高麗にあの手の皿はないんじゃぁ?という話で盛り上がってしまいました。刀の差し方の疑問とか(実物をあの角度に差したら抜けると思うんですよね)、暫の凧のような袖の裏側ってああなっていたのか!とか。黒塚では能は何度も見ているので能を踏襲している部分と歌舞伎の創作部分の鑑賞、老女が引っ込んでから鬼女になって出てくる僅かの間に顔塗ってる!という驚き。そういう部分でかなり楽しんで参りました。能の「面」を見慣れていると「顔」で演じているのが興味深く見えます。
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# by kyougen-kigyo | 2015-01-07 07:15 | その他


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