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上野の花見

吾妻鏡が読めてないので上野の夜桜の写真でも。
ガラケーで撮っているので写りが悪いのですが。金曜、土曜と暖かかったので一気に開花しました。
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弁天堂。屋台が出ている側はすごい人出ですが反対側はわりと空いていて、不忍池、良い雰囲気でした。
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by kyougen-kigyo | 2014-03-30 11:02 | その他

展覧会3つ

今日は展覧会巡り。

朝いちで根津美術館の「清麿」展へ。日本刀は好きなんですが、古刀からいきなり現代刀にはまってしまったので、実は新刀・新々刀は苦手分野。清麿についても「四ツ谷正宗」と呼ばれていたこと、40代で自殺してしまったことくらいしか知らなかったのですが、一番人気といわれるだけのことはありますね。気迫というか。相州伝のイメージでしたが丁子もかなりあるのですねぇ。姿も大切先、華やかで現代人好みなのかもしれません。
最近は、刀の展示もライティングがしっかりしていて(照明器具に良いものが出ているせいでもある)、地鉄や刃文がちゃんと見えます。昔はギラギラと反射するばかりのひどい展示もありましたが…今回の展示ではケースから50センチくらい離れると刃文がきれいに見えてくる、離れると全体の姿も目に入るので、刃文と姿をバランスよく見られるようにという意図をもったライティングだったのかもしれません。もっとも見え方は背の高さにもよるのですが。
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次に行ったのが太田記念美術館。天気も良かったので根津美術館から歩きました。原宿まで来たら人出のすごいこと…土曜日だということを忘れていました。長い行列が何かと思えばポップコーン…ポップコーン買うために行列する心理が私には理解不能…まぁ、向こうから見たら刀だ浮世絵だ仏像だと歩き回る人の方が理解不能なのかもしれませんが。
太田記念は、明日までの「追憶の広重─浮世絵歴史散歩」展。江戸百景図などを、現在の写真や地図と併せて展示。江戸城のお濠は形がよく残っているのですね。江戸見坂などは見る影もありませんが。以前、大倉集古館へ行ったついでにあの辺を歩き回った時に「江戸見坂」という標示を見つけて、ここから江戸が見渡せたのかな?と思ったことがあったのですが、広重がちゃんと描いていました。それと三代広重の初出展資料は、口蓋癌の手術をした時の様子を知人に伝えた手紙など。深刻な内容のはずなのに診察されてる自分の絵を添えたり、狂歌にしたり。面白そうな人だ、と思う。祝いビラなども保存状態がとても良い。

太田記念の後は、東京藝術大学美術館の「観音の里の祈りとくらし展─びわ湖・長浜のホトケたち─」。滋賀県は奈良や京都に負けず古い神社仏閣が多くて興味のあるところなので、見てきました。ほとんどが平安仏。「地元の住民に守られてきた仏である」というのが展示の主眼のようで、今も信仰として生きているのがよくわかります。戦国時代も乗り越えて、寺が廃寺になっても無住になっても、住民の力で守られてきた仏像たち。観音像というのは厳しい表情のものもありますが、今回の展示で拝見した仏像たちはいずれもとても穏やかな御顔だったのが印象的でした。普段、仏像も鎌倉~室町期の、しかも険しい顔した明王系が好みなもので(ちなみに一番好きなのは吉野如意輪寺の蔵王権現です。蔵王権現をホトケと呼んで良いのかどうかは難しい所ですが)。長浜市共催なので図録には地図やモデルコースも掲載されていました。琵琶湖、南側は行ったことがありますが北側はまだ行ったことのない土地。行ってみたくなりました。
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by kyougen-kigyo | 2014-03-22 18:52 | 展覧会

春一番・・・

休みが取れたので、鎌倉に行ってきました。
目的の一つは、宝戒寺の枝垂れ梅、だったのですが。
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終わってました。枝垂れは普通の梅より遅いから間に合うかと思ったのですが。この枝垂れの満開には何度か会っていますが、見事です。ピンク色の枝垂れ梅はちらほらと咲いてました。
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萩寺として有名な宝戒寺ですが、私には梅の印象の方が強く残っています。他にも、椿や福寿草、水仙等々、花はたくさんあるのです。

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by kyougen-kigyo | 2014-03-18 16:50 | 鎌倉歩き

人物評③ 梶原景時 つづき

悪い噂を頼朝に吹き込んでいる印象になってしまった景時ですが、実は良い方の報告もしているのです。文治4年6月5日、大雨によって戌刻に洪水が起き、勝長寿院前の橋が落ちました。そのとき御堂の宿直をしていた飯田次郎という人、泳ぎが得意だったようで水に入って二町ばかり流された橋を留めました。通りかかった景時がこの様子を目撃、すぐに御所に戻って頼朝に報告したので、飯田は御馬を賜りました。良きにつけ悪しきにつけ、御家人たちの言動を報告するのが景時の役目。特に仲の良い人がいた様子もありませんから、ある意味、公平性という点で適役だったのかもしれません。

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by kyougen-kigyo | 2014-03-10 20:03 | 考察編

人物評③ 梶原景時

文治3年(1187)3月10日、土佐の住人・夜須七郎行宗が壇ノ浦合戦の時に平氏の家人岩国兼秀を生捕りにした功で恩賞を求めたところ、梶原景時が壇ノ浦の時に夜須という者はいなかった、兼秀は自ら降ったのだと言って争論になり、頼朝の決裁を仰ぐことに。行宗は同じ船に春日部兵衛尉が乗っていたと言ったので春日部が呼ばれて、夜須は勿論そこにいたと証言したので、行宗は賞を加えられ、景時は讒訴の科により鎌倉中の道路を作るという裁決になりました。

梶原景時といえばこのような讒訴で悪名高い人ですが、実際には官僚タイプの職務に生真面目な人だったのではないか、という気がします。夜須行宗の一件にしても、岩国兼秀を降したのは行宗じゃなくて自分だ!と言ったわけではないし、行宗の恩賞を妨げたところで景時にメリットは無さそうです。壇ノ浦に夜須がいたことに気付かなかっただけなのでは…個人的には興味がある人物なので、ここでちょっと吾妻鏡に出てくる景時関連の記事を見てみたいと思います。

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by kyougen-kigyo | 2014-03-03 19:31 | 考察編


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