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江の島詣で

亀の前騒動の少し前に遡りますが、養和2年4月5日、文覚上人が頼朝の御願のため大弁財天を江ノ島に勧請し供養法を始めるということで、頼朝は足利義兼・北条時政・新田義重・畠山重忠、他多数の御家人たちと一緒に江ノ島へ出かけて鳥居を建てています。文覚上人はこの日から21日間の行法に入るのですが、その祈願内容が重要。「為調伏鎮守府将軍藤原秀衡」。実際に頼朝が奥州藤原氏討伐に動くのは7年後の文治5年(1189)ですが、この時点ですでに奥州も視野に入れた戦略を練っていたことになります。ちなみに奥州藤原氏と関係の強い義経がこの時期はまだ鎌倉にいたはずですが、江ノ島へ供をした人数の中に義経の名前はありません。

江ノ島に文覚上人がらみの何かないかと思って見てきました。一遍上人の井戸というのはありましたが文覚上人に関係するものはなさそう。こんな鳥居はありましたが。
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「現在の鳥居は平成16年の台風で破損し、補修されたものですが、源頼朝寄進の鳥居は、これに似たものが建てられたと伝えられています(設置の場所も形も特定できません)」・・・それで「伝源頼朝寄進の鳥居」って説明板つけちゃいますか、藤沢市。史実かどうか不確定なものには「伝」付ければいいとはいっても、・・・
江ノ島はどうも観光地化が進み過ぎて落ち着きません。岩屋にしても妙なオブジェ置いたりライト付けたり。あそこは富士の人穴と繋がっているという伝説があって、本当は富士信仰と関わりの深い聖地なのですが。中学生の頃、岩屋に入ってものすごく興醒めした覚えがあります。それ以来入ってませんが、今も同じなんだろうな。

江ノ島にはこんな神社もあります。
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日露戦争の時に満州軍総参謀長を務めた児玉源太郎大将を祀る児玉神社。境内には二〇三高地の石も。
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個人的には、江ノ島の中ではここが一番人が少なくて観光でぎらぎらしてなくてほっとする場所です。かわいい八重桜も咲いていました。けど、なんで幕の御神紋が源氏の笹竜胆なんだろう?
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by kyougen-kigyo | 2013-03-31 20:00 | 鎌倉歩き

吾妻鏡読解続けます

養和2年(=5月に寿永と改元。鎌倉側では治承6年を使用)3月に政子の着帯の儀がありましたが、6月、頼朝は亀の前という女性を中原小忠太光家の小坪の家に招きます。亀前は「良橋太郎入道息女」で、伊豆にいた時からの知り合いで「匪顔皃之濃。心操殊柔和也。」と吾妻鏡には紹介されています。当時は一夫一婦制ではありませんし、ことに源氏の棟梁ですから妻が5、6人いても当たり前の時代です。頼朝の父・義朝にも、わかっているだけで5人の妻がいました。気性の激しさが強調されがちな政子を思うと「心操殊柔和」な女性に惹かれた頼朝が微笑ましいのですが。頼家誕生と時期が重なっているし亀前事件に絡んで鎌倉殿と御家人たちの様子もうかがえるので少し詳しく見ていきましょう。

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by kyougen-kigyo | 2013-03-30 19:27 | 考察編

愛媛旅行記③ ほんのちょっと高知県も。

(承前)宇和島は、まず「遊子水荷浦(ゆす・みずがうら)の段畑」見学。一面にジャガイモを主作物とした段々畑が作られています。千葉鴨川の大山千枚田を思い出しましたが、それよりずっと急傾斜。こんな急勾配の斜面に、よくぞここまで、という感じ。昔はジャガイモではなくサツマイモだったそうです。
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by kyougen-kigyo | 2013-03-22 20:00 | その他

愛媛旅行記②

(承前)昼食後、お仕事がある先輩と別れて道後温泉へ。

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135段。

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by kyougen-kigyo | 2013-03-20 10:04 | その他

愛媛旅行記①

3/15の夜出発・16日朝着で、寝台特急サンライズ瀬戸を使って四国へ行ってきました。旅行はかなりしている方だと思いますが、四国は初めて。大学の先輩家族を頼りに松山を訪問しました。
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瀬戸大橋通過中。渡っている間、霞んでいて四国本島はよく見えませんでしたが、島がたくさんあって関東人には珍しい風景。渡って東へ行けば屋島の古戦場がありますが、今回は西へ。坂出で乗り換えて松山まで特急ですが、2時間くらいかかるのですね。途中、事故で東海道線が遅れていたので1時間半ほど遅れて11時過ぎに松山到着。とりあえず、松山城へ向かいます。

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by kyougen-kigyo | 2013-03-18 21:00 | その他

静嘉堂の曜変天目

静嘉堂文庫美術館で毎年、この時期に出展される曜変天目(稲葉天目)。何度も見ていますが、招待券をいただいたので今年も行ってきました。しかし帰りに煙霧とかいう現象で埃がすごかった…黄砂かと思いましたが、違うと気象庁から発表があったようで。

さて、曜変天目。日曜日で暖かいとあって美術館はかなりの混雑、主に茶道をされている方々のようでしたが、なぜかメインのはずの曜変天目・油滴天目の周りって、人が少ないんですよね。毎年、不思議に思います。ポスターなどからイメージするより小さくて案外地味だからでしょうか、それとも現代の茶道には馴染まないということでしょうか。

茶道具といえば戦国大名が珍重したのですが、名物唐物が作られた時代はそれよりずっと古い宋~元代のものも多く、今回観てきた曜変天目や油滴天目も南宋時代12~13世紀とされています。日本ではまさに鎌倉時代。でも、鎌倉時代には茶道具に対して「誰それが持っていた茶碗」式な権威付けはまだ見られません。この曜変天目にしても、伝来を見ると「徳川家光が春日の局に下賜した」ところからしか始まっていない。そもそも最初に輸入した人が誰で、どこをどう伝わって徳川家に行ったのかには、静嘉堂の図録などにも触れられていません。

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by kyougen-kigyo | 2013-03-10 17:47 | 展覧会

吾妻鏡、考察編~政子懐妊と祐親最期

養和元年8月16日に京都を発した頼朝追討軍のその後の動きは、なぜか吾妻鏡には出てきません。書くほどの所まで来なかったのでしょう。それとは別に10月3日、平維盛が東国へ向けて出陣したという記事があり(富士川のリベンジでしょうか?)、防禦のため11月5日に足利義兼・源義経らを向かわせようとしたところ、佐々木秀義が「維盛の軍は近江国で止まっていていつ下向するかわからない上に、源行家が尾張国に陣を張っているから慌てなくてもよい」と言上して出陣中止となっています。実際、維盛の軍勢は東国まで来ることはありませんでした。こう見てくると頼朝、結構いちいち出陣を止められてますね…ちゃんと周りの言うことを聞き入れて止まるのが頼朝の偉い所なんでしょう。

翌養和2年(=寿永元年、1182)は政子の懐妊・若君(後の頼家)誕生と頼朝の浮気騒動で埋まっている感があります。それ以外の養和2年の大きいニュースとしては、2月14日の伊東祐親の自害、が挙げられるでしょう。頼朝の伊豆流人時代に、頼朝と自分の娘の仲を認めずに子供を殺し、頼朝をも殺そうとした人物として有名ですが、治承4年に捕縛されて、娘婿にあたる三浦義澄が身柄を預かっていました(この辺り、ある程度の勢力がある武士団はほとんどすべて姻戚関係にありますから)。政子懐妊を機に義澄が恩赦を願い出て頼朝は許したのですが、それを義澄から聞いた途端に祐親は自害してしまいました。「禅門承今恩言。更恥前勘。忽以企自殺。」とありますが、自分の行為を恥じたというより、許されたことを恥じたのではないでしょうか。娘婿が誠心誠意、頼朝に仕えている姿や、自分の家よりずっと小さい土豪だった北条氏が頼朝と姻戚関係を結んだことによって地位を上げていく様子を2年間ずっと見ている。恩赦という一言に「負け」を実感したのではないかと思うのです。この後、頼朝は祐親の子の祐清を呼び出します。流人時代、祐親が頼朝を殺そうとしていることを祐清が告げたので、頼朝は走湯山に逃げることができた。祐親が自殺したことを悔いると共に、祐清の功を改めて賞したいということだったのですが、祐清は「父已亡。後栄似無其詮。早可給身暇。」と述べます。「身の暇」は死を給わりたいということ。結局、頼朝は不本意ながら祐清を誅殺。「世以莫不美談之」「有孝行之志如此」と吾妻鏡にはあります。こういう所に当時の武家の価値観というか倫理観が出てきますね。ともあれ、頼朝にとっては流人時代への一つの区切りになったのではないでしょうか。

3月9日、御台所(政子)の御着帯。民間でも多くは妊娠5ヶ月目に行われる帯祝です。千葉常胤の妻からという形で帯が献上され、頼朝が自身で結ぶ役をしています。3月15日、鶴岡社頭から由比浦に至るまで「直曲横而造詣往道」、これが段葛の原型といわれていますが、この時点では段葛という言葉は見えません。ちなみに現在の段葛は昭和に入ってから作られたもの。4月には鶴岡若宮辺りの弦巻田という水田三町余を池に改修したという記事もあります。当時、鶴岡八幡の周りは水田だったのですね。
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by kyougen-kigyo | 2013-03-03 11:42 | 考察編


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