カテゴリ:鎌倉歩き( 20 )

青磁片を探すということ

検索キーワードを見ていると材木座の青磁片がらみでこのブログに辿り着いている人もいるようなので、陶片拾いの様子を少々。
緑色のものを拾えばよい、というわけにはいかないのです。これは!?と思って近づくと青い石だったり(あの海岸には青っぽい石、多い)貝殻だったりガラス片だったりプラスチックだったり。陶磁片だったとしても現代のがたくさん落ちてますから…

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by kyougen-kigyo | 2013-11-01 20:27 | 鎌倉歩き

勝長寿院の栄枯盛衰…

頼朝が父の菩提を弔うために御所の東南に土地を決めて建立した大御堂、勝長寿院。頼朝と義経の緊張が高まっていく間にも着々と工事は進んで、文治元年(1185)8月30日には京都から、東の獄門で探し出された義朝の首と、鎌田正清の首が勅使によって鎌倉に送り届けられます。東西獄門の辺りなんて晒し首だらけだったと思うので、20年以上前の首をどうやって特定したのかは不明です。最初の内は名札が付いていたかもしれませんが…それとも重要人物はちゃんと保管されてたのか?…まぁ、あまり深く考えないことにして、9月3日に埋葬が行われ、10月24日に盛大な落慶供養。

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by kyougen-kigyo | 2013-09-27 23:49 | 鎌倉歩き

陶片拾い

先月も行きましたが、また鎌倉の青磁片拾いに行ってきました。今回は1人ではなく、陶磁器の専門家2名と一緒。本日の収穫は龍泉窯青磁が1個、なかなか発色の良いきれいな青磁です。
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もうひとつ面白かったのがこちら。
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それほど古くはないと思われますが、「京都四條 小町紅 ○平」の文字。○の部分は偏が欠けて「エ」しか見えませんが、おそらく「紅平」と思われます。大きさと、この文字から見て紅猪口とか紅皿といわれる、口紅を入れる小皿の破片。江戸時代からある化粧用の小皿です。波に洗われてしまっているので、紅の痕跡はありません。ネットでざっと検索してみたところ京都四條の紅平という店は江戸時代の文献には出てきますが、今はもう無さそうです。いつ頃まであった店なのか、この紅皿はいつの商品だったのか、詳細はまだ調べてないので、もうちょっと調べてみると面白そう。

吾妻鏡も読まねば・・・
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by kyougen-kigyo | 2013-06-30 16:07 | 鎌倉歩き

まんだら堂やぐら群

ブログが鎌倉から逸脱してきてますが、ちゃんと鎌倉にも行ってます。今日は名越切通にある“まんだら堂やぐら群”を見学してきました。連休中で鎌倉駅は大混雑、でも緑ヶ丘入口行きバスは空席が目立つ。終点まで行ったのは私と、もう一組だけでした。駅周辺の混雑が嘘のような、この状態。
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切通の入口の空き地、以前はけもの道程度でしたが砂利を敷いて道ができていました。まんだら堂やぐら群は、鎌倉市ではなく逗子市の管轄(国指定史跡なので正確には国の管轄なのかもしれませんが)。ここ何年も発掘のため立入禁止で、特別公開中しか見られません。タイミングが合わず、実は入ったのは初めてです。やぐら群の入口で逗子市教育委員会の方?から、これまでの発掘状況などをまとめた資料をいただきました。

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by kyougen-kigyo | 2013-05-03 20:21 | 鎌倉歩き

江の島詣で

亀の前騒動の少し前に遡りますが、養和2年4月5日、文覚上人が頼朝の御願のため大弁財天を江ノ島に勧請し供養法を始めるということで、頼朝は足利義兼・北条時政・新田義重・畠山重忠、他多数の御家人たちと一緒に江ノ島へ出かけて鳥居を建てています。文覚上人はこの日から21日間の行法に入るのですが、その祈願内容が重要。「為調伏鎮守府将軍藤原秀衡」。実際に頼朝が奥州藤原氏討伐に動くのは7年後の文治5年(1189)ですが、この時点ですでに奥州も視野に入れた戦略を練っていたことになります。ちなみに奥州藤原氏と関係の強い義経がこの時期はまだ鎌倉にいたはずですが、江ノ島へ供をした人数の中に義経の名前はありません。

江ノ島に文覚上人がらみの何かないかと思って見てきました。一遍上人の井戸というのはありましたが文覚上人に関係するものはなさそう。こんな鳥居はありましたが。
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「現在の鳥居は平成16年の台風で破損し、補修されたものですが、源頼朝寄進の鳥居は、これに似たものが建てられたと伝えられています(設置の場所も形も特定できません)」・・・それで「伝源頼朝寄進の鳥居」って説明板つけちゃいますか、藤沢市。史実かどうか不確定なものには「伝」付ければいいとはいっても、・・・
江ノ島はどうも観光地化が進み過ぎて落ち着きません。岩屋にしても妙なオブジェ置いたりライト付けたり。あそこは富士の人穴と繋がっているという伝説があって、本当は富士信仰と関わりの深い聖地なのですが。中学生の頃、岩屋に入ってものすごく興醒めした覚えがあります。それ以来入ってませんが、今も同じなんだろうな。

江ノ島にはこんな神社もあります。
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日露戦争の時に満州軍総参謀長を務めた児玉源太郎大将を祀る児玉神社。境内には二〇三高地の石も。
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個人的には、江ノ島の中ではここが一番人が少なくて観光でぎらぎらしてなくてほっとする場所です。かわいい八重桜も咲いていました。けど、なんで幕の御神紋が源氏の笹竜胆なんだろう?
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by kyougen-kigyo | 2013-03-31 20:00 | 鎌倉歩き

鎌倉の山歩き

鎌倉と、日本刀と、もう一つの趣味が山歩き。鎌倉行きたい、山も行きたい、で鎌倉の山を歩いてきました。

選んだコースは「番場ヶ谷」。十二所神社の横の吉沢川を遡行する沢沿いの道で、最終的には天園ハイキングコースの尾根に出ます。マイナールートでプチ沢歩きの要素もあるため「秘境」とも言われますが、メジャーなハイキングコースに飽きてしまった人がそこそこ訪れているようです。実はこのコースに足を踏み入れるのは初めて。事前に集めた情報で街用のスニーカーではだめだろうと思ってローカットの軽登山靴装備で行きました。
まずは十二所神社バス停まで、バスで行ってしまいます。せっかくなので朝比奈切通しを熊野神社まで往復。この切通し、昔と比べるとずいぶんきれいに整備された感があります。落石も片づけられてますし。

番場ヶ谷についてはいろんな人がブログで紹介していますが、一応簡単に道を書いておくと、バス停近くの料理屋「峰本」の横の川沿いの道に入り、石橋を渡って住宅地の中をどんどん進みます。最後の人家の先のフェンス横から「ここ入っていいの?」という感じの笹藪の小道に入っていくのが番場ヶ谷への入り口。夏はすごい藪になると見ました。
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少し歩くと一枚岩、沢歩きっぽくていい感じです。
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by kyougen-kigyo | 2013-02-03 21:47 | 鎌倉歩き

鎌倉の陶磁片のこと

鎌倉の海岸で古い陶磁片を採集できることがあるのですが、落ちているものは時代も様々で鎌倉時代から現代まで、あらゆるものがあります。

鎌倉時代のものでは例えばこんなの。元から輸入された龍泉窯青磁の、たぶん皿です(写真は同じ陶片の、内面・高台・断面)。
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形が違う皿も。
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別の陶片にはうっすらと線刻が入っています。









800年前の陶片が落ちているかと思えば、
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こちらは江戸時代末の古伊万里。左は蛸唐草の徳利の首でしょう。右は五弁花の文様の一部が残る、皿の底の部分と思われます。





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これは大正~昭和? 型紙ですね。






材木座海岸で、こんな陶磁片たちを時間を忘れて拾っていることも、あります。
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by kyougen-kigyo | 2013-01-27 15:01 | 鎌倉歩き

吾妻鏡持って、鎌倉に行く。(二)~御所、竣工~

11月撮影分の続きですが・・・
治承4年11月17日に鎌倉に帰還した頼朝は、12月12日に「新造御亭」へ引越します。鶴岡八幡宮の東に建てられ、大倉御所と呼ばれるようになる所です。今でも「西御門」の地名が残っていますが、住宅地や学校の敷地なので、本格的な発掘はされていないようです。
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御所の裏手、法華堂の跡地から見下ろした所。木立に隠れて見えませんが、この辺一帯が大倉御所だったはず。

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御所の敷地にあたる小学校の脇には石碑もあります。鎌倉には大正~昭和初期に建てられたこの手の石碑が散見されますが、史実を検証せずに建てたものが多いようなので、鵜呑みにしてはいけません。大倉御所跡石碑は・・・「嘉禄元年政子薨ジ幕府ノ宇都宮辻ニ遷レルマデ此ノ地ガ幕府ノ中心タリシコト實ニ四十六年間ナリ」とありますが、承久元年(1219)に火事で焼失しているということと、幕府の移転先は「宇都宮辻」ではなく「宇都宮辻子」であるということが突っ込みどころ。辻(ツジ)と辻子(ヅシ)、似て非なるものです。しかし、この石碑自体にも歴史を感じますね。「今ヲ距タル七百三十七年ノ昔」って、治承4年は今からだと832年の昔なんですから・・・

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by kyougen-kigyo | 2012-12-14 20:44 | 鎌倉歩き

吾妻鏡持って、鎌倉に行く。(1) ~頼朝の鎌倉入り~

吾妻鏡に鎌倉が出てくるのは、源頼朝が鎌倉入りする治承4年(1180)10月以降。従って、しばらくは頼朝の動きを追いつつ鎌倉を見ていきます。ちなみに石橋山で大負けした2ヶ月ほど後の話です。

今の暦では11月上旬にあたる10月6日に、先陣を畠山重忠、後陣を千葉常胤として相模国に到着、まだ家を建てていなかったので民屋を宿館としたとあります。6日の条だけでは「相模国」とだけで、どの辺に泊まったのか不明。翌7日、鶴岡八幡宮を遥拝し、亀ヶ谷にあった父・義朝の屋敷跡を訪れた、とあるので鎌倉に入ったことがわかります。鶴岡八幡宮は現在の場所ではなく、頼朝の先祖である頼義が勧請した材木座の方にある最初の八幡宮、今は〈元八幡〉と呼ばれている社のことです。「遥拝」ですから、この時は浜の方へは行かなかったのでしょう。

また、義朝の屋敷跡に家を建てたいと思ったが土地が狭いし、すでに義朝を弔う御堂が建てられていたので取りやめた、と書いてあります。源氏山の東麓で、後に北条政子が寿福寺を建てた場所。源氏山も頼義が旗を立てたと伝えられる場所で源氏と縁が深く、今は頼朝の銅像があります。
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寿福寺の門。境内は立入禁止です。正面に見える木立が源氏山で、裏手の墓地の脇からも上がることができますが、

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こんな所を登ることになるので、ハイヒールの人にはお勧めできません。




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源氏山の頼朝公像。こっちにはしばらく来ていなかったので、久々にお会いしました。そういえば後ろ側ってあまり見たことがなかったな、と思って回ってみたら背面も結構丁寧に作られてますね。

吾妻鏡の記述に戻ると、10月11日、政子が伊豆から鎌倉に到着。12日、頼朝は鶴岡八幡宮を現在の場所に移します。まだまだ簡素な社だったようですし、今のように街を一望する階段の上ではありません。今の鶴岡八幡宮境内の〈若宮〉辺りに最初の社殿があったと言われています。16日には、ここで僧侶による勤行が行われます。中世は神仏習合の最盛期、神社で僧侶が読経するのは珍しい風景ではなく、鶴岡八幡宮は近世まで寺扱いで、吾妻鏡にも「鶴岡八幡宮寺」と出てきます。
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現在の舞殿の向かって右側にある若宮。この辺に最初の社殿があったと思われます。





勤行の前日の15日に頼朝が「鎌倉御亭」に入っていますが、この屋敷は正規の御所ができるまでの仮住まい、山ノ内から中古物件を移築したもの。実はちょっと飛ばしましたが、13~14日の間に富士野の合戦で源氏が勝利した記事があり、これを受けて16日には頼朝も駿河へ向けて出陣しますから、仮御所に引越してから1泊しかしていません。先祖伝来の地である鎌倉に入ったものの、落ち着く暇もない様子が見えます。(以上、平成24/11/18撮影)
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by kyougen-kigyo | 2012-11-21 20:54 | 鎌倉歩き

吾妻鏡持って、鎌倉に行く。 ~前置き~

鎌倉には思い立った時に目的もなくふらりと行くことが多いので、そろそろテーマを決めて歩いてみよう。ということでテーマ設定。

「吾妻鏡を歩く」

これなら当分ネタ切れしないでしょう。吾妻鏡は鎌倉時代の基本史料ではありますが、政治的な書物だから誇張あり、都合の悪い話飛ばしてないか?という部分あり、しかも編年の間違いありと欠点も多い。でも趣味でやることだし読んでて面白いのでまぁ、いいことにします。
基本的に使うのは、国史大系と岩波文庫、国文学研究資料館の吾妻鏡DB、そして解読不能な語に出会った時に非常に助かるのが五味文彦・本郷和人編『現代語訳 吾妻鏡』(吉川弘文館)。その他参考文献としては、河野眞知郎『中世都市 鎌倉─遺跡が語る武士の都』(講談社学術文庫)、松尾剛次『中世都市鎌倉を歩く』(中公新書)、石井進『鎌倉武士の実像』(平凡社ライブラリー)などが入手しやすく読みやすいところです。

なお、私は中世神仏習合史を調べたことはありますが、中世史を専攻した者ではありません。独断と偏見と好みで書いていきますので、中世について知りたい人は自力で調べてください。
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by kyougen-kigyo | 2012-11-19 19:46 | 鎌倉歩き


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