宇都宮~国見宿

大手の頼朝軍が宇都宮に1泊して7月26日に出立したところ、佐竹四郎秀義が常陸国から追いついて参加。佐竹の旗が頼朝と同じ無文の白旗だったので、頼朝がこれを咎めて扇を賜り(「出月」と割注があるので月の絵が描かれていたということでしょうか)、佐竹の旗の上に付けています。ところで常陸からなら、太平洋岸を進軍している千葉常胤軍の方が合流するにははるかに近い(というか待ってれば通る)と思うのですが、佐竹氏は治承4年に千葉氏の親戚である上総広常に討たれていますし、千葉氏の下にはつきたくなかったのでしょう。



28日、新渡戸駅に到着。この「新渡戸駅」の場所については諸説あるようです。吾妻鏡には「已奥州近々」とありますし、翌日には白河の関を越えているので街道沿いかつ白河の関からそれほど遠くない辺りということになるでしょう。白河の関を越えればいよいよ奥州の領域ということで、その手前でそれぞれの手勢の数を確認。29日、白河の関を越える際、関明神に奉幣して梶原景季を召し、和歌を詠ませています。

8月7日、陸奥国伊達郡阿津賀志山(あつかしやま)近くの国見駅に到着。
福島県国見町に厚樫山という山があって阿津賀志山防塁が国指定史跡として残っていますが、行ったことはありません。先日東北旅行をした時も「この辺か?」と思ったとたんにトンネルに入ってしまったので。ただ、地図を見ると平野から急速に山地が迫って道が狭くなる入り口部分、いかにも防塁を築きたくなりそうな場所。文化庁のデータベース(http://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/index_pc.asp)によれば、線路や車道によって分断されてはいますが、二重堀や三重土塁が発掘されているとのこと。データベースの「史跡名勝天然記念物」を選択して「福島県」をクリックすると1番上に出てきます。詳細解説がなぜか途中で途切れてますけどね…データベース掲載写真は「防塁始点地区」「国道4号北側地区」「高橋地区」「下二重堀地区」の4区域。いずれも堀の部分と思われる窪みと、土塁部分と思われる盛り土が写っています。

国見町も観光スポットとして取り上げています。義経押しな町ですね。(国見町HPの観光情報ページ)
http://www.town.kunimi.fukushima.jp/groups/kikaku/kikakujoho/yoshitune/index.html
東北本線藤田駅の近くには頼朝が陣を構えたという藤田城跡もあります(こちらは町指定史跡)。道を遮るように築かれた防塁と、それに対峙する城。城と言っても鎌倉~南北朝時代ですから基本的には一遍上人絵伝にあるような“舘”でしょう。他にもいろいろ遺跡や伝説地があってなかなか興味深い場所で、いつか実地に歩き回ってみたい町。ここから西の方、宮城県丸森町に鎌倉山という山があるのですが何か関係あるのでしょうか?福島県内にも鎌倉岳が2つあります。行きたい場所がどんどん増えてしまって困ったものです…
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by kyougen-kigyo | 2014-10-11 10:00 | 考察編


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