日本一の大天狗と、守護・地頭・兵糧米

文治元年11月3日に義経等が京を離れたことで上洛の必要なしと判断した頼朝は8日、黄瀬河から鎌倉へ戻ります(そもそも最初から上洛の意志があったかどうか疑問ですが)。『玉葉』を見ると京では11月半ばまで「頼朝が上洛する」という噂が流れており、九条兼実の元に「頼朝が鎌倉に帰った」という情報が届くのは11月23日ですから、効果は十分だったわけです。
10日には一条能保の許に「都人伝言」として、義経の反逆によって頼朝追討を宣下すべきかどうか議論が行なわれた際に誰が賛成してだれが反対したかという情報がもたらされます。朝廷内の情報、筒抜け。そのことは愚管抄でも言及されており、頼朝の妹の夫になっている能保を始めとして、「カヤウニシカルベキ者ドモクダリアツマリテ、京中ノ人ノ程ドモ何モヨクヨク頼朝シリニケリ」。情報戦でも頼朝の勝ち、というより朝廷側では関東なんて見くびっていて情報集めもろくにしていなかったのでしょう。




11月12日、有力御家人の一人である河越重頼が所領没収されました。娘が義経の正妻であるところから連座したのですが、この婚姻は頼朝の命による縁なので理不尽といえば理不尽です。ただ、重頼の娘(吾妻鏡には名前が出てきません、他の文書に名前があるかどうかは未確認)は最期まで義経に従って奥州へ行き、義経と死を共にしています。静御前の哀話に隠れてしまって、この正妻の姿と河越氏の没落は見えなくなっているのですがね。

同日に重要案件が出てきます。頼朝が「今度次第」(義経が逃亡していることについてと思われる)を思い悩んでいたところ、中原(大江)広元が「いちいち関東から武士を派遣していては人の煩い、国の費えとなるから、諸国の国衙・荘園に守護・地頭を補任すれば良い」と献言。頼朝は感心してその案を採用し、朝廷に要請することになります。

15日、大蔵卿高階泰経の使者が鎌倉へ来ました。泰経は頼朝を追討すべしという義経の言を院に取り次いだ人物なので、頼朝の怒りをおそれてわざわざ使者を遣わしたのです。武威に怖れて伝奏しただけです、という言い訳と共に、一条能保を通じて書状を提出しました。「行家義経謀叛事、偏為天魔所為歟、無宣下者、参宮中可自殺之由言上之間、為避当時難、一旦雖似有勅許、曾非叡慮之所」─義経等が宣下が無ければ宮中に押しかけて自殺してやる!と脅してきたから仕方なく宣下したので院の本心によるものではない、という内容です。
これを読んだ頼朝の返答、「為天魔所為之由被仰下、甚無謂事候、天魔者為仏法成妨云々、人倫致煩者也、…(中略)…被指叡慮、被下院宣哉、云行家云義経、不召取之間、諸国衰弊、人民滅亡歟、仍日本第一大天狗、更非他者歟」─天魔の所為とは謂れのないこと、天魔とは仏法を妨げ人の煩いとなるものを言うが、行家義経を召し取らないから諸国人民が迷惑を蒙ることになった、日本第一の大天狗は他の者ではない、と怒りは収まらず。この頼朝の返書は玉葉11月26日条に全く同じ文言で出てきますから確かなものでしょう。院御所で披見されているので後白河院本人の目にも触れている可能性があります。「大天狗」が誰を指すかについては後白河院説と泰経説があるようですが、私は院を指すと思います。大天狗ぶりでは頼朝も負けてませんが。

17日、義経が吉野に隠れているという情報に基づき捜索に入ったところ、義経は見つからず妾の静が発見されます。曰く、義経と共に5日間逗留したが衆徒蜂起の噂があったので義経は山伏姿で逃げた。私には多くの金銀を与え、雑色男を付けて京へ送ろうとしたけれども、雑色が財宝を取って私を捨てて行ってしまった、と。

25日、北条時政が入洛して頼朝の怒りを改めて朝廷に伝えると、今度は義経・行家捜索のための、院宣ではなく宣旨が出ます。翌日には義経の要求を院に伝奏した科で高階泰経に籠居を命じる勅定。朝廷側もなんとか頼朝を宥めたい、といったところ。

28日、諸国に守護・地頭を補任して段別五升の兵糧米を課すことを北条時政から藤原経房を通じて要請し、あっけなく許可が下りています。このことを28日の当日に聞いた兼実は「凡非言語之所及」と驚き呆れています。朝廷内で事の重大性を認識した最初の人は兼実だったかもしれません。守護・地頭・兵糧米の権利取得をもって鎌倉幕府成立とする説が最近では有力で教科書にも採用されているようですね。

この頃、義経は吉野から逃れて多武峰~十津川を潜行中。
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by kyougen-kigyo | 2013-10-20 00:00 | 考察編


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