義経追討の院宣

文治元年10月18日に頼朝追討の宣旨が下されましたが、吾妻鏡では早くも22日にその報告が鎌倉に届いています。報告を聞いた頼朝、動揺も見せず勝長寿院の供養の準備に専念。
10月24日、何事も無かったかのように、勝長寿院の落慶供養が執り行われます。供養が終わって大倉御所へ還御の後、おもむろに和田義盛と梶原景時を呼んで、明日上洛するから軍士を集めて着到をつけ、その内で明暁に進発できる者を注進せよ、と命じました。実は怒ってる…? 夜半に及んで、群参した御家人は千葉常胤以下2,096人、その内すぐに上洛できる者は小山朝政・朝光以下58人という回答がありました。
翌25日、先遣隊の御家人たちが京都へ向けて進発。29日には頼朝自身が千葉常胤や土肥実平らを率いて鎌倉から出ます。ついに頼朝が上洛か…と思いきや、京の動静を見定める、とか言って駿河の黄瀬河でストップ。箱根を越えて三島のちょっと先でしかありません。後方の奥州の動向が気になっていたのでしょう。




11月3日、義経と行家が西海へ向けて都落ち。結局、法皇以下を連れて行くことにはなりませんでした。この時の様子は吾妻鏡より玉葉の方が良いでしょう。頼朝追討の宣旨は叡慮から出たことではないという風聞が行きわたっていたために近国武士は従わず、法皇と然るべき臣下等を鎮西へ連れて行くと発言したためにますます人望が離れて「其の勢日を逐って減少、敢て与力の者なし」という状況に、京都で関東勢を迎え撃つのは難しくなり、義経と行家等だけで下向することになった。「院中已下諸家、京中悉以安穏、義経等之所行、実以可謂義士歟、洛中之尊卑無不随喜」…鎮西に無理やり連行されるのでは、と恐慌状態だった京の人々、巻き込まれずに済むとわかって大喜びの様子が伝わってきます。義経の支持率上昇。現金な話ですが、これが人間というもの。平氏に連れ去られて海の藻屑と消えた安徳帝の記憶はまだ生々しいのです。
義経らが率いていたのは200~300騎ということですから、いかに義経が名将だといっても、それだけの数で法皇以下の公卿殿上人を護衛して鎮西まで行くのは現実的ではないでしょう。理由はどうあれ、京都を戦乱に巻き込まなかったというのが義経に人気がある一因のような気がします。

吾妻鏡に戻ります。義経と入れ替わるように11月5日、先発していた関東の御家人らが入洛。頼朝が怒っているということがまず左大臣・藤原経宗に伝えられています。朝廷に対して頼朝の意向を伝えるという意味合いはもちろんですが、経宗が頼朝追討の宣旨賛成派だったので真っ先に圧力かけられてしまったのでしょう。

11月6日、義経・行家らが大物浦から渡海しようとしたところ、俄かに疾風が起きて難破。一行は散り散りになり、義経に従う者はわずかに4名、と吾妻鏡にあります。その4名とは義経の娘婿の源有綱(義経には嫁入りする年齢の娘がいたことになります)、堀弥太郎景光、武蔵坊弁慶、そして妾の静。ここから義経の伝説的逃避行が始まります。翌日には義経一行遭難の噂が京へ伝わり、九条兼実は「かわいそうだけど天下のために大慶」、と言い切ります。その理由は、彼らがもし鎮西に籠ってしまったら追討の武士の進軍路となった国は(兵糧米徴収などのために)滅亡し、関東もまた道が通じなくなるので活計の術が無くなってしまうから。兼実は長年にわたって戦乱の世を見てきた老練な政治家、国家というレベルで大局を見ることができた人物と思われます。

そして、手の平を反すように出された義経・行家追討の院宣。頼朝追討の宣旨から1ヶ月も経っていません。吾妻鏡では11月6日の条に「今日、可尋進件両人之旨、被下院宣於諸国」とあり11日にも再び畿内近国の国司等に向けた院宣が出されていますが、玉葉では12日条に院宣のことが記録されており、「件両将昨日ハ蒙可討頼朝之宣旨、今日ハ又預此院宣、世間之転変、朝務之軽忽、以之可察、可弾指々々々」と朝廷の乱脈ぶりをつくづく嘆いている様子。そもそも兼実は頼朝追討の宣旨を下すに当たって慎重論を取っていましたから(といっても玉葉を読む限りでは頼朝派だったわけではなく、客観的論理的に、宣旨出す前に頼朝にも子細を聞いてみれば?罪科が確定しないのに宣下するのはまずいよ。と言っているのです)、この辺の混乱に関する記述、「だから言わんこっちゃない…」という気分が行間に滲み出ています。ついでに言えば11月10日条には「被下頼朝追討宣旨之間、余申状、存道理之由、世人謳歌云々」とちょっと自慢げ。

「吾妻鏡を読む」じゃなくて「玉葉を読む」ブログになってきたな…まぁ、史料的には玉葉の方が断然、信憑性が高いので。

ところでブログ訪問者が10,000人を突破しました。最近、急に増えてきましたね。
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by kyougen-kigyo | 2013-10-12 15:43 | 考察編


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