静嘉堂の曜変天目

静嘉堂文庫美術館で毎年、この時期に出展される曜変天目(稲葉天目)。何度も見ていますが、招待券をいただいたので今年も行ってきました。しかし帰りに煙霧とかいう現象で埃がすごかった…黄砂かと思いましたが、違うと気象庁から発表があったようで。

さて、曜変天目。日曜日で暖かいとあって美術館はかなりの混雑、主に茶道をされている方々のようでしたが、なぜかメインのはずの曜変天目・油滴天目の周りって、人が少ないんですよね。毎年、不思議に思います。ポスターなどからイメージするより小さくて案外地味だからでしょうか、それとも現代の茶道には馴染まないということでしょうか。

茶道具といえば戦国大名が珍重したのですが、名物唐物が作られた時代はそれよりずっと古い宋~元代のものも多く、今回観てきた曜変天目や油滴天目も南宋時代12~13世紀とされています。日本ではまさに鎌倉時代。でも、鎌倉時代には茶道具に対して「誰それが持っていた茶碗」式な権威付けはまだ見られません。この曜変天目にしても、伝来を見ると「徳川家光が春日の局に下賜した」ところからしか始まっていない。そもそも最初に輸入した人が誰で、どこをどう伝わって徳川家に行ったのかには、静嘉堂の図録などにも触れられていません。




考えてみれば、鎌倉時代中期には茶というものは貴重で高価ではあったけれども、それほど権威と結びついたものではなかった。なにしろ栄西禅師が二日酔いの頭痛に苦しむ頼家に「これ、効きますよ」と茶を献上したのが嘉禎3年(1237)のこと。嗜好品というより僧侶がよく使う薬、という認識に近かったでしょう。
14世紀、鎌倉時代の末になると、闘茶が流行したり、唐物が大好きで茶も愛飲したらしい金沢貞顕のような人も出てきます。この頃から茶道具への意識が変わってくるのかもしれません。勝手な想像をすれば、元祖バサラ大名の佐々木道誉あたりが曜変天目、好きそうですけれども。
武士にとって大事な刀剣類には平安時代からいろいろな伝来や名前が付けられていますから、茶道具も鎌倉末~室町時代以降、ステータスシンボルとして権威との結びつきが強まるに従って、そういう伝来を付与されるようになったのでしょう。刀剣と茶道具、似たような経緯を辿っています。

私自身は茶道はやったことがないので(抹茶は好きなんですが、なんというか、あの雰囲気が苦手で。お茶の立て方だけ教わって作法なしで普通の飲み物として飲んでます)、茶道具に関して偉そうなことは言えませんが、茶道具の展覧会などは時々行きます。この茶碗持ちやすそうだな、とか、香合かわいいな、とか、茶道未経験者なりにも好きなように見ていって、どうしても理解不能なのが「茶杓」。茶杓の見どころはまったくわかりません。
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by kyougen-kigyo | 2013-03-10 17:47 | 展覧会


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by 柴

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